私だってキミが好き

ノスリさんと

生きて帰れ、海軍の秘蔵っ子

少女にはクザンに引き取られた時から疑問に思っていることがある。その疑問が紐解かれることがないまま、数年が過ぎた。教えてもらえそうな気配は今日も今日とて無いが気になるものは気になる。少女の等身大の探究心は今日もソワソワ、ワクワクと走り出していた。

「仲良しさーん!」
「ねー。」
「「腐れ縁!!」」

目と目が合ったらぽけもんば……喧嘩が始まるクザンとノスリ。業務中、クザンと行動を共にするアルベールがこの場に立ち会わせる機会は多い。打率で言うと9割5分くらい。そしてそこに少女が鉢合わせする機会は度々ある。割合的には少女がクザン達に内緒で他の海兵から牛乳を貰える時くらい。指標が指標を成していないという話は置いておこう。少女が引き取られた当初はこの二人の怒声に驚いて怖がりスピカの背に隠れていた(隠れられてはいなかった)が今は慣れっこだ。仲良し!と合いの手を入れて、場の空気を微妙なものに変えた過去と現在進行形があるくらいには慣れている。

「カレンがお前に似てなくて良かったわ。精々嫌われないように気をつけることだな。」

因縁を付けるだけ付け切ったのだろう。場の空気に言葉の往来に締め括りが訪れ始めた。喧嘩を続ける二人の近くにしゃがみ込んで指遊びをしていたアルベールと少女は立ち上がり次の目的地を見定める。

「はァ?カレンちゃんとはパパと結婚するって言ってくれるくらい仲良しだし、おれのことめっちゃ大好きだから。」
「言ってないよ?」
「え」
「パパのことは大好きだけど、結婚はいや。」
「カレンちゃん!!!?」

援護射撃ならぬ、背後からのフルスイングにクザンは言葉を詰まらせた。娘から好かれている自信だけは誰よりもあったのにまさかの裏切りだ。織田信長もびっくり。クザンの心情的にはここが本能寺の変って感じだろう。

「パパは女性に対しては"かはんしんくずやろう"だってアルベールさんが言ってるのだわ。くずやろうは酷い人の事なのだわ。それならカレンが結婚するなら女性に対してもいつでも優しいアルベールさんやノスリさんみたいな人がいい!」
「……子供になんてこと言わせてんだ?」

思わぬ伏兵の登場に先程まで笑いを堪えていたノスリは少女の決定的な言葉に眉を顰める。歳を数える際にそろそろ両手の指を全部使えるかなといった齢の娘に言わせていい言葉じゃないとノスリは判断したのだ。

「カレンちゃん、判子列車お願いします。」
「任せてえ!判子列車出発しまーす!」

自身の説教フラグを含めた不穏な空気を感じ取ったアルベールはこの場から少女を遠ざけるため、判子巡りの旅を促す。大きい組織になるほど多くの人間の目で内容を確認して、その証拠の判子を貰うという作業が増えるのだ。クザンたちの執務室にも沢山の判子待ちの書類が存在する。だが、判子のためだけに海軍基地を闊歩できる時間のある者は少ない。よって数日に一度、列車の如く決まったルートで少女が各部隊の書類を印を貰いながら運搬、受け渡しを行うのだ。それに伴い各部隊の出入口付近に【カレンちゃんお願いします】BOXが設置されている。この箱に少女へのお菓子も入っている事が頻繁にあるが、閑話休題。

「お前らァそこ座れ。正座だ、正座。」
「「うす……」」

少女が歩き始めたのを開始の合図にしてノスリのお説教は始まる。幼き弱い者を守る立場の人間がその成長を妨げることをすべきではないと、くどくど言葉にしていく。

「そういえば今日も聞けなかったのだわ。」

ノスリの怒りが混じった声が聞こえなくなる程離れた辺りで少女は自身の疑問を思い出す。

「ま、いっか!」

どんな回答を貰ったとしても少女の瞳に映る二人が少女基準で仲良しさん判定になるのは変わらない。今日もクザンとノスリが仲良しじゃないと自称する理由は分からないまま少女の一日は更け行く。そして大人になってからのガチの説教は堪えると心を凹み凹ませながら海軍基地での保護者たちの子育ては進んでいく。


/////


「ノスリさんお隣いいですかっ!」
「いいよ。座りな。」

父親との仲が良いとは言えないからといって、娘にまでその関係性が続く訳では無い。寧ろ良好とも言える二人は顔を合わせれば楽しく会話をするし、ご飯だって一緒に食べる。少女を膝に座らせてじゃれつき遊ぶこともしばしば。ノスリは人並み程度には少女のことを可愛がってるので懐かれている自信があった。その証拠に少女の気分と運で決まる髪の毛結んでください攻撃を受けたこともある。

「何持ってるの?」
「りんごなのだわ!△△さんが沢山貰ったからってお裾分けしてくれたの。洗ったから一緒に食べますか?」
「貰おうかな。」

ノスリが切り分けようと昔の癖で毎朝懐に仕舞ってしまう折りたたみ式のナイフを取り出そうとした横で少女は腕力だけで林檎を半分に割る動作を見せる。綺麗に2等分とはいかないものの、きちんと割れた大きい方の林檎を差し出しながら微笑むに少女の姿にノスリは少しだけ口角を引き攣らせた。

「食べないんですか?」
「食べるよ。」

首を傾げる少女の手から林檎を受け取り一口頬張る。シャキッという心地よい咀嚼音と共に舌先には蜜の甘さが、鼻先には林檎の熟れた香りが通り抜けた。少女が怪力ゴリラに成長しているのはノスリも知っているが見た目とそぐわない力を目の前で発揮されるのには未だに慣れない。どうしても脳が処理機能を怠りフリーズしてしまう。

「ねえねえ、ノスリさん。聞いてもいいですか?」
「はい、カレンさん。なんですか?」
「あのね。ノスリさんは、パパのこと嫌い?」
「嫌い。」

ノスリの言葉は迷いのない一太刀。一刀両断。切れ味は折り紙付きだ。

「そっかあ。カレンはパパのこと大好き。ノスリさんのことも大好き。……みんな、皆大好きなのだわ。」
「わたしもカレンのことは大好きだよ。」
「ほんと!?えへへ、嬉しい!両思いだね。」
「わたしら思想相愛だから。」

ノスリの一言に一瞬だけ気分を沈めるも、私たちズッ友だよを確認できると手に持つ林檎よりも赤く頬を染める少女。子供の感情は常に最大瞬間風速なので移り変わりが激しいのだ。

「最近、訓練始めたんだって?」
「そうなのだわ!カレンも立派な海兵さんになるのよ!」

今度はノスリから食べないのかと尋ねると少女は手に持つ物を思い出したのかハムスターのような一口で食べ始めた。そんな少女の表情の移り変わりを眺めながら既に林檎を食べ終えたノスリは頭の動きと一緒に揺れる淡い紺色のリボンの裾を引き、少女に疑問を投げかける。

「カレンの立派の定義って何?」
「てい、ぎ?」
「あー、難しかったか。……どんな海兵になりたいの?」

ヨレた三つ編みを編み直しながらノスリが声にした言葉は少女には少し難しかったようだ。少女に頭と一緒に身体も傾けながら分からないをアピールされる。だがそのまま放置していると頭の方が重い子供は重力に従ってベンチから滑り落ちてしまう。その上、髪を結い直し辛いので、ノスリは空いてる方の手で少女の頭を元の位置に戻す。優しいノスリの手つきに撫でられたと勘違いした少女はたちまち笑顔になり、もっとして欲しいそうな目線をノスリに投げるが、ノスリが今、成すべきことは違うので少女が飲み込める柔らかさまで噛み砕いてから再度質問することを優先させた。ノスリの努力は実を成して、咀嚼されたそれなら分かると大きく頷いた少女は成りたい自分を声にする。

「大好きを護れる人になるの!」
「大好きを護れる人、か。……うん、頑張れよ。」
「うん!」

少女からの返答が死に様を語るもので無いことにノスリは一時の安心を得る。父親が生き様カッコ良さに拘る人間だから少女の目指す方向もそちらを向いている可能性をノスリは危惧していた。だが幼き頃から成長を見守る少女の本質は変わらないまま成長している。

__笑っていてほしい
____怪我をしないで帰ってきてほしい
______皆はカレンの大好きで大切な宝物なのよ

子供は庇護する者の鏡だ。幼き命の道標は近くにいる大人しかいない。右も左も分からない生まれたて命は与えられた感情をただ貪欲に受け取って、それを成長して大きくなった時に返してくれる。注がれたエネルギー源が濁ったものでは歯車は上手に回らない。こんなにも棘のない感情を沢山投げ返してくれる少女が今ここにいると言うことはノスリ達が少女に与えたエネルギー源は優しさに満ち足りたモノであった証拠だ。
ノスリは編み終えた三つ編みにリボンを垂らしてから、少女の脇に手を入れて自分の足の上に向かい合う様に座らせる。大好きな者の名を終わりが見えぬほど絶えず挙げ連ねる少女と瞳を合わせて微笑み合う。背を屈めて頬を寄せれば少女からも頬を寄せてくれるこの穏やかな時間がノスリは好きだ。少女自身や衣服から漂って来る自然の香りや食べ物の匂いで今日どんな足跡を残して来たのか想像出来るこの安らぎの時間がノスリは愛おしく思っている。汗で張り付いた少女の前髪を梳かしながらノスリは告げる。

「生きて、帰ってこいよ。」
「?」

ノスリの声帯からは意図せず低い音がでてしまう。
少しだけ緊張しているのかも知れない。

「どんなにカッコ悪くても、生きて帰ってきたやつが勝ちなんだからな。」

今、ノスリが触れるこのまろい頬が冷たくなった瞬間になど立ち会いたくない。想像すらもしたくない。死に様がカッコ良ければ笑って終われる良い結末になるだなんて思えない。残される者の気持ちはどうでもいいのか。敬愛する人が自分の生き様と死に様に満足して逝けたのだからとその死を悼む者も自分の心を納得させなきゃいけないのか。

____人の心はそんな単純なものじゃないだろうが

「大好きを護るだけ護って、お前が居なくなったらわたしらが悲しいだろ。」
「……!そっか!えへへ、そうだよね!カレンも一緒がいい!」
「うん。だから、ちゃんと帰ってこいよ。」

人の生き死ににカッコ良さなんて見出さずに、少女を大切に思う者、少女が大好きな宝物と称して心を砕く者への感情とその人自身を大切にしてこれからも成長してくれとノスリは願う。怪我がなく、五体満足の状態でなんて、この荒れ狂う海では贅沢すぎる望みは言わない。このまま優しい子に育って、少女が笑ってさえ居ればノスリは満足だ。


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麦わらの一味との交戦中、ノスリの五感は違和感を訴えた。初めて見る写真に既視感を抱いた時のような、モノクロの絵画の一部分に明らかに違う差し色が詰め込まれた時のような、そんな違和感だ。

____ああ、そうだ。血の匂いがしない。

戦場では何時だって血と命が零れ落ちる。善も悪も関係なく等しく死が迎えに来る場所だ。幾度と無くノスリの掌からそれらは零れ落ちていった。

____麦わらの一味に手を抜かれている?

だが、ノスリを相手取る黒足の瞳は真剣その物だ。決して手を抜かれたり、おちょくられている訳では無い。そもそもこの交戦は海軍から仕掛けた物で、麦わらの一味としては避けたい戦いであった。

「カレン!!」

だが今のノスリには関係ない事だ。
作戦を遂行できればそれで良かった。その温もりが自分たちの元に帰ってくれば、この場限りで麦わらの一味のことを見逃してやっても良いくらいにはどうでも良かった。ノスリは視界に入った【呼べば来る(※寝ている時は除く)】を地で行く少女の名を叫ぶ。ノスリが知るままのとてつもなく耳の良い少女のままならば、それだけで帰ってくるはずだからだ。海軍基地内にさえその温もりが居るならば、名を虚空に叫ぶと十数分後にはノスリの元にトコトコ歩いて来る。ノスリを視界に入れれば高揚が混じった声で「なあに」と問いかけて楽しげに笑う少女が居る記憶から織り成される予測は瞬時に確信へと変わった。

「あ!ノスリさんだー!」
「バカ!今、戦闘中だぞ!」
「ご、ごめんなさいなのだわ。」

名を呼ばれた事に気がついた少女はその声の正体に気づくと頬を緩める。だが幾許か大きくなった足でノスリの元へ駆け出そうとするも麦わらの一味の剣士に襟首を捕まれ止められた。その事実に心の内で舌打ちを零しながらも、仮定が確実に変化する論を得たのでノスリにとっては大金星だ。

「準備できたぞ、お前らァ!捕まれェ!!【風来バースト】!!」
「ノスリさんばいばーい!またね!」
「堂々と海兵に手を振らない!!」
「……チッ、逃げられたか。」

麦わらの一味の船の規格外な跳躍はノスリ達の手から逃れるには十分だ。小さな悪態だけを吐露して、ノスリは綺麗な状態の愛刀を一度だけ振い鞘に戻すと部下に撤退を命じる。海軍基地を飛び立って、海賊をしているはずの少女は数年前と変わらない笑顔でノスリに手を振りさようならとまたねを告げた。普通の子供の家出ならば再会を望まない筈なのに、あんな幸せそうな笑顔を見せられたら無理矢理にでも連れ帰ろうという気持ちはどうやっても削がれてしまう。

「たく、いい顔しやがって。」

父親っ子だった癖に。
わたしらのことが大好きな癖に。
大好きとずっと一緒がいいと豪語していた癖に。
新たな場所で、新たな大好きと共に笑いやがって。
少しの嫉妬と安堵が入り交じるこの感情は何と言い表そう。目の前で海賊を取り逃した事実よりも元気そうな顔が見れて安心したこのやさぐれたノスリの心はどうやって癒してくれようか。

「腹出して寝て風邪ひくなよー!」

はーいと間延びした柔い声がノスリの耳に届いたような気がした。驚く程に寝相がアグレッシブな少女は布団とさようならしながら寝ては風邪を引き、びいびい泣いてるのだから。びいびい泣いては父親を求めて魘されるんだから。その涙をノスリ達はもう拭ってやれないんだから。

____せいぜい健やかに、幸せに生きろよ。海軍の秘蔵っ子

ノスリの心は少女の元へは届かない。
それでも少女の幸せのために。
ひいては世界の善なる市民のために。
今日もノスリは海軍の正義の元、悪を刈り取る。

「カレンは相も変わらずわたしらに呼ばれたらトコトコ歩いて来ますよ。なんなら走って来ます。」

ノスリがサカヅキ元帥にした報告は、朗報ではあったが人を疑うことを知らない幼き頃から全く成長してないという事実が浮き彫りとなり、彼の悩みの種の一つとなるのであった。