私だってキミが好き

コマルさんと

朝焼けよりも早い、大好き

麦わらの一味の中で一番の早起きの料理人すらまだ寝静まる早朝。ウミネコの鳴き声と船を揺らす波の音だけが広がる世界は少しの非日常感を味わえる。
そんな静かな世界に小さな物音が落ちる。昨夜の就寝時間を早めてしっかり8時間睡眠を終えたばかりの瞳はぱっちり爛々と開かれ意思が宿っている。昨夜の内に決めておいた今日の可愛いを身に纏うと同室の者を起こさぬよう足音を立てずにサニー号の女子部屋を抜け出した。
少女がまず向かうのは大浴場の隣にある更衣室に備えられている洗面台である。普段は女子部屋の洗面台を使用するが今日だけは内緒の作戦を気づかれたくなくてここを選んだ。少女の目的の為にはまず料理人から花丸が貰えるくらい"清潔"でなくてはならない。そのための歯磨き、洗面、爪切りに石鹸を使った念入りの手洗いを済ませた所で軽やかな足音が少女の耳に届く。

「あれ?カレンちゃん?今日は随分と早起きさんだね」
「サンジさんおはようございます!」
「おはよう」

足音の主へお願いごとをしたくて少女は足早にキッチンに向かう。目的の場所では今から朝食の準備を始めようとしていた麦わらの一味の料理人、サンジがシャツの袖口を捲っている所だった。彼は少女の存在に微かに驚きつつも直ぐに少女を迎え入れて挨拶を交わす。サンジに朝食はまだ出来ていないから先にいつもの牛乳を飲むかと問われる少女だったが首を横に振り大丈夫だと返した。何時もならば一、二も無く心地よい即決が返ってくるので今の少女の様子を不思議に思いつつもサンジは少女からの言葉を待つこと選ぶ。
少女からのオネダリの機会は少ない。それこそ身長を伸ばしたいから牛乳を沢山飲みたいと頼まれて以降は、いつも美味しいと頬を桃色に染めながら褒め称えてくれる。この船の船長は次の食事は魚のメニューだと伝えても0.1秒後に肉が食べたいとリクエストしてくる様な人間だ。そんな中では自分の希望を言い出しにくいこともあるだろうとサンジは考えていたので、せめて勇気を出して伝えてくれるなら全力で答えるつもりで冷蔵庫の中に残る食材を思い出していた。そんな彼の心持ちは知らぬまま、まだ優しい香りの広がらないキッチンで少女はサンジのシャツの裾を引き内緒話の構えをした。

「あのね、お願いがあるのだわ」
「なんだい?」

2人しか居ない空間で、態々小声で内緒話する。少女の口元に近い位置に耳を寄せたサンジの鼓膜には久々のオネダリが届いた。

「……だめ、でしょうか」

恐る恐ると言った表情でサンジを見つめる少女の瞳には不安と期待が入り交じる。

「大丈夫だよ。任せて」

このオネダリを嫌と断れる者はこの船には居ない。ウインクと人差し指と親指を繋げて作った丸の印が少女に届くとその頬は朱色に染まる。少女の希望を叶えるための一日が幕を開けた。


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「うひよおおお!!!面白そうな島だなあ!!」

賑やかな朝食を終えて、航海士の指示の元に幾許か航路を進めると次の島に錨をおろすことができた。この島で次のログを貯めるには1日もあれば十分だが食料やルフィの冒険への好奇心を満たすことは必須条件である。飛び出したくて逸る気持ちを一旦押えたルフィはサンジにいつものものを強請る。

「サンジ〜!海賊弁当くれ!」
「お前らの分はもうある。ほらよ」
「ありがとう!」
「いいか!?丁寧に食えよ!」
「?わかった!」

冒険のお供のお弁当。蓋を開けるまでは中身は内緒だから今日はなんだろうという高揚感が味わえる冒険の醍醐味だ。お腹が空いたら戦えないのと一緒で、お腹が空いたら充分に冒険も楽しめなくなる。だからお弁当を貰えないと冒険は始められないのだ。

「ナミさんたち、すまねぇ。まだ三人の分の家族弁当が準備できてないんだ」
「珍しいですね」
「ホントに珍しいわね。ルフィに食べつくされたのかしら」

しかし、女性陣にはサンジからの謝罪が届く。申し訳なさそうに肩を落とす彼に問題ないと彼女達は答える。先程朝食を終えたばかりな上にルフィ程のエネルギー摂取は必要ないので彼女達は3食あれば充分なのだ。

「レディ達~昼頃までには届けに行くからね~」

体をくねらせ女性陣への愛を前進で表現するサンジの横を通り過ぎて、街に向かおうと船を降りようとした所でコマルはある事に気がつく。

「あれ、カレンちゃんは?一緒に行かないの?」

普段ならコマルの後ろから着いてくる小さな足跡がないのだ。最近の上陸ではコマルの手には柔らかな温もりが結ばれていたのでそれがないとボタンを掛け違えた時のような妙な違和感が刺激される。だが少女からの返答は寂しいもので、今日は船に残ると告げられた。

「カレン、今日はサンジさんのお手伝いするのだわ!」
「そう?まあ、カレンの物で買わなきゃいけない物は特にないしね」
「治安も大丈夫そうだしね。お手伝い頑張ってね」
「任せて!」

頭を上下に豪快に振り、ふんすふんすと鼻息を荒くし全身で頑張るをアピールする少女に見送られながら、ナミ、ロビン、コマルは地上に降り立ちまだ見ぬ冒険へと歩みを進めた。


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「カレン、なにか企んでるわね」
「え!?」
「うふふ、そうね。隠せてなかったわね」
「な、なにも気づきませんでした……」

街に着き、まずはナミの好みの店でウィンドウショッピングを楽しんでいると彼女は得意げな笑みを浮かべて少女の企みを予測する。同様にロビンも見送りの際の少女の様子になにかあると踏んでいたようだがコマルだけは何も気づいけていなかった。今回は一緒に行けないのか、残念だなというしょんぼりとした気持ちだけで埋め尽くされていたので違和感に気づけるほどの余裕はなかったのだ。

「今度は大好きをどんな形にしてくれるのかしら」
「形にですか?」

ロビンは分かりやすく今までの少女の行動の傾向を纏める。少女は毎日嬉しい楽しいを共有してはそれを形に残そうとする癖がある。それは手紙だったり、似顔だったり多種多様だ。前回、立ち寄った島ではせっせと花冠を量産していた。計12個の花冠を作る少女の隣に座り過ごす時間は穏やかで、心が安らいだ記憶がコマルにはある。

「あの子貢ぎ癖あるわよ」
「た、たしかに……!!」

彼女達には思い当たる節は多々ある。一つひとつ拾い上げたらキリがないほどだ。彼女たちを含めた、少女が宝物と称し大切にする家族や仲間、友人たちが欲しいと強請ればなんでもあげてしまいそうな、危うい印象も感じられる。

「どうしよう。ちゃんと教えないと、」

少女にそういう相手ができる未来は色んな意味で想像しにくいが、恋はハリケーン。いつ落ちるか分からない。悲しいもしもが生まれないように今から少女に教えるべきかとお姉ちゃん③ことコマルは思案する。だって少女の優しさを悪用しようとする可能性があるのは何も恋人だけじゃない。残酷で優しいこの世界には至る所に涙の囁きは転がっているのだ。だがお姉ちゃん①ことナミは大丈夫だと結論付けていた。その意見にお姉ちゃん②兼お母さんのロビンは微笑み賛同するものだからコマルがでもと口窄むとナミは理由を丁寧に言葉にする。

「まあ、"私たち"は良いのよ。私たちは需要と供給が釣り合っている永久機関なんだから」
「需要と供給」
「それなのにあの男は、父親という役職に胡座をかいてカレンに全然返さなさないだから!」
「本当に、父親だからって調子に乗らないでほしいわ」
「調子に乗る」

なんだか話の雲行きがおかしくなってきた。だがこの方向性を止める術はコマルには持ち合わせていない。

「ともかく!これからは私たちが傍に居るから平気よ」
「そう、ですね」

ナミのお眼に適う品はなかったのか、次のお店に行こうと目線で合図を送る。店員からの挨拶を背に足早く店のドアをくぐり抜けてからナミは腕を空へ伸ばし、大きく深呼吸をすると背後のロビンの口から音が零れた。

「こんなに沢山の大好きがいるのにカレンてば欲張りね」
「ほーんとにね!」

少女からの大好き。
少女に向かう大好き。
優しい温もりは何時でも皆を包み込んでいるのに、甘えん坊な末っ子はもっと、ずっとを求め続けている。

「私もその輪に入れてると良いんですが...」
「何言ってるのよ」
「あんなに大きな花冠を貰ったのに、謙虚ね」

コマルの不安は太陽が東から上がり、西に沈むくらいの当然に吹き飛ばされる。【大きいとカレンは嬉しい】という思考の元、少女の気持ちの大きさは贈り物の頻度や物の大きさに現れるのだ。コマルに頭を優しく撫でられ、照れながらもテンションが上がった少女がコマルへの花冠を結び終えたときには冠を通り越して首飾りに成るほどの大きさになっていたのだから。ルフィやチョッパーにいいなあと何度も羨ましがられ鼻が高くなった過去があるのだから。少女の大好きの席に居ないなんて、許されない。

「そうだと、嬉しいなあ」
「ところで、大好き繋がりで最近サンジくんとはどうなの?」
「え」
「とても気になるわ」
「ええー!!!」

この話の流れでコイバナの空気になるとは頭の片隅でも想像できなかったコマルの鼓動は早まる。両腕をナミとロビンに奪われ逃げ道も失い、トドメに話のもう一人の主役も大空から現れてしまった。

「コマルちゅわあああああん!!!ナミすわあああああん!!!ロビンちゅわあああああん!!!」
『すごく、じめんに、たたきおとしたい』

スピカの背に乗り愛を伝える男は今日も今日とて通常運転だ。つい先程まで、自分が話のネタになっていた事なんて関係ない。うんざり、といった表情を見せるスピカの背から地面に足をつけたサンジは片膝をつき、昼食を届けに来たと微笑んだ。

「待ってたわ」
「ええ、とっても」
「ナミさん!ロビンさん!」
「レディたちが、おれを!?待っていた、だと!!?」

サンジがどんな想像をしてるかはナミ達には預かり知らぬ所だが、スピカからの本題アタック!!ただの頭突きにより話は戻る。

「おっと!!てめえ!!スピカ!!折角の弁当が崩れるだろ!!」
『俺は直ぐに帰りたいんだからはーやーくー!!』

会話は成り立ってないはずなのに、成り立っているように聞こえるのは何故だろうか。争いは同じレベルの者同士でしか生まれないとはこのことなのだろうか。スピカからの頭突きを背中で受け止めながら、サンジはコマル達に今日の海賊弁当を差し出す。代表で受け取るコマルだったが、三人分とはいえ普段よりも重量を感じるお弁当箱に疑問を抱いた。

「今日は、沢山ですね?」
「ああ、カレンちゃんが張り切ったから、ね。頑張ってくれるとおれも嬉しいな」
「ま、まさか!」

驚きつつも、ナミはコマル腕に収まるランチバックを漁り、見た目と実重量が合っていない大きなおにぎりの包みを取り出す。その横でロビンは押し花の装飾がある箸袋を取り出しそこに綴られる思いを読み解いた。

「カレンちゃんはおにぎりだけ、だけど頑張ってたんだ」
「そうね。少なくともこの箸袋だけでも私の宝物だわ」
「わ、私も読みたいです!」
「任せて」

腕を咲かせ、それぞれに当てられた箸袋をナミとコマルの瞳の前に差し出しながらロビンは読んでない重たい本を貸してとお願いしてきた少女のことを思い出す。読みたいのかと聞くと違うと言われ、疑問に思いつつも深くは聞かずに貸し出したがすぐにスピカのお腹の下に仕舞われてしまい何をしているのかと疑問に思っていたのだ。それがまさか前の島で摘んできた花で押し花を作っていたなんて、ロビンのこれまでの人生の経験では想像つかなかった。

「カレンは?」
「それが照れちゃうってサニー号に残ってるよ」
「帰るわよ!」
「はい!」

ナミさん。ロビンさん。コマルさん。カレンのお姉ちゃん。大好き。これからもずっと、大好き。
そんなラブレターを貰ったらショッピングなんか放り出して、今すぐこの愛おしい妹を抱きしめるミッションがこの身に課せられる。目の前で美味しいと言いながらおにぎり食べてやるのだからと息巻くナミは踵を返し、それに続くコマル。ロビンはサンジはどうすると問いかけ、当然のごとく皆でサニー号に帰るのだ。

『4人乗りってマジ???』
「頑張るのよスピカ!」
『あいあいさー!!!』

少女のお兄ちゃんは今日も大空を羽ばたく。


/////


「カレンはコマルのこと好き?」

ナミは直球で少女に問いかける。プチ女子会withアニマルズがキッチンで開催される夜。お風呂上がりのほかほかの体で本日の最後の牛乳を飲みながら少女は頬を赤らめ満面の笑みを見せながら答えた。

「カレン、コマルさんのこと大好きなのだわ!」

そんな少女の声は髪を乾かし終えてキッチンのドアに手をかけようとしていたコマルの耳にも届く。感覚が鈍い体にすら届く大きく、柔らかな温もり。それを手放すのは苦しくて、もしその時がきたら縋りついてしまいたくなる真っ直ぐな瞳はいつだってキラキラと夜空を彩る星よりも輝いている。

「この前は一緒に花冠作って、頭を撫でてくれて嬉しかったの!あとね、お風呂に入るとしゃぼん玉作って遊んでくれるのだわ!昨日なんてね、海月さんとイルカさんができてね!」

種から芽が出るように。
芽から蕾が生まれ、やがて花弁が咲き、舞うように。
その花はやがて新たな種となり、再び花となる世界の理の如く、少女の周りでは幸せが連鎖する。

「いっぱい!いっぱいよ!いっぱいコマルさんのこと大好き!」
「私もカレンちゃんのこと、好きよ。大好きよ」
「はわ!!嬉しい〜」

自分を褒める言葉に堪らずドアを開け、駆け寄り、その温もりに頬を寄せたコマル。突然の来訪に驚きはしても、すぐにコマルと同じように頬を擦り寄せるまろい心には照れて桃色の花が咲く。

「……私もカレンもコマルも大好きなんだけど!」
「あら、私だってカレンとコマルの好きな気持ちは負けないわ」
「おれもだぞ!!」
『おれも~』

ナミの不満は可愛らしい展開に昇華される。大好きの言い合い合戦は、やがて船全体に広がり、船長の一声で宴と導かれることだろう。

「カレン、みんなすきよ!大好きよ!ナミさんも!ロビンさんも!チョッパーさんも!スピカお兄ちゃんも!」
「私も、みんなのこと大好きです」

賑やかな声に釣られて肉を求めながら船長が現れるのが先か。
少女の指を折りながら仲間の大好きなところを上げ終わるのが先か。
真相は、月の明かりだけが知っている。